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架空の路線である長巳電鉄の紹介です。
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モワ11+クト16

PICT5624_1.jpg旧型車両を改造した事業用電車。
モワ11は戦前の関東私鉄で作られたという情報しかない経歴不明の謎の電車。
クト16の方も国鉄クハ16を改造したというだけで詳しい情報は全く無い。
しかし、そんな事は長巳電鉄にとってはどうでもよく、小回りの利く貨物用電車としてゴミや備品などを輸送している。


PICT5623_1.jpg事業用電車だから新車を投入する必要はなく、置き換えという話も全く聞かない。今日も吊り掛け駆動独特の爆音を響かせて快走している。

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100系

PICT5618_1.JPG 1961(昭和36)年、線路改良(地下鉄直通の為の20m6連対応)が終了したのを機に、
車両の大型化を始めた。その第一陣として登場したのが、この100系である。富士急行3100系を元にした設計で、
起動加速度3.0km/h/s、最高速度は120km/hとハイスペック。運転台側車端と連結面側車体中央寄りの
2扉片開きボックスシートで優等運用に特化した設計になっている。クモハ+クハの2連を基本とし、
輸送量に合わせて2編成を連結した4連の運用も可能となっている。
 1962(昭和37)年3月の白紙改正で登場した特急に投入され、長巳~霞原温泉を57分
(改正前の最速は急行69分)と、当時からその俊足ぶりを生かした。好評だった為、
1965(昭和40)年に増備車が投入され、全ての特急が4連化された。このときの増備車は伊豆急行100系を元にし、
120系と区別された。運転台は貫通型、車体は両端ドアの2扉クロスシートに変更された。
台車が異なる(国鉄DT24)ものの車両性能は100系と揃えられたため、登場当時から100系と共通運用となった。
しかし、時は過ぎて地下鉄直通運転の開始、高度経済成長と共に利用者が増え混雑は激化。朝ラッシュの急行や特急では
6連での運転にも関わらず積み残しが頻繁に出る混雑となり、通勤客からも多くの苦情が寄せられた。
長巳電鉄も当初はこの状況を黙視していたが、積み残された通勤客らが暴動を起こすなど事態が悪化した為、
混雑の対策としてドア横のボックスシートを詰め込みが利く様にロングシートに改造された。
当時はその程度の改造で何とかなったが、その後も乗客は増え続け今では邪魔者扱いされている。
 現在も一族合わせて19編成38両全車が特急と一部の急行、快速に活躍中である。登場から40年以上が経過するが、
延命工事などを随時行い、まだまだ長巳電鉄の主役として走り続ける予定である。

2000系
PICT5607_1.JPG
戦前製の旧型車の老朽化が進み、これを置き換える為に小田急から初期高性能車(2200系列)の設計図を譲ってもらい、これを元に設計されたのが2000系である。
小田急で問題となった製造費の高さは、1M1Tの経済編成とする事で製造費を約8割に抑えた。初期車は非貫通(小田急でいう2200型)で登場したが、後に増解結に便利な様に貫通型(小田急でいう2220形)に変更された。
その後、増結用の片運転台車や2M1Tの3両編成など、非常に多くのバリエーションで製造が行われた。
昭和36年の製造から50年近く経過するが、今でも殆どの車両が現役である。それどころか現状100km/hの最高速度を130km/hに引き上げようと足回りや制御機の改造が始まっているらしい……。


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